オラトリオ《天地創造》の台本は旧約聖書の「創世記」とジョン・ミルトンが書いた叙事詩『失楽園』をもとに英語で作成されたと言われており、オーストラリアの音楽愛好家であるスヴィーテン男爵のドイツ語翻訳を経て、作曲されました。
今回は、旧約聖書の「創世記」をもとにして書いたとされる『失楽園』を取り上げます。
『失楽園』には、天地を創造しすべての生き物を創った神、その神から生まれ優れた知恵と能力を持つ天使、そして神が最初に作った人間であるアダムとイヴが登場します。
物語は、神に刃向い地獄に落とされた堕天使ルシファー(サタン)の神への復讐を中心に展開していきます。ルシファーは復讐のために神の創造した楽園への侵入を果たしますが、そこで目にしたあまりに美しい世界と幸福な人間(アダムとイヴ)の姿に嫉妬心を抱き、彼らを陥れることを決意します。ルシファーは蛇へと姿を変えてイヴに近づき、楽園の中心にある知恵の木の果実を食べるようにすすめますが、知恵の木の果実を食べることはアダムとイヴが神と決して犯してはならないと約束した禁忌事項でした。
結局イヴは果実を食べて神との約束を破り、アダムもイヴと共に罪を背負って生きていくことを決意し果実を食べました。神はアダムとイヴが約束を破った罰として二人を楽園から追放し、エデンの園を消滅させます。
この物語を読んでいくと、少なくとも一つの疑問が私たちの中に浮かび上がります。それは、「神の手によって創造された人間が、なぜ神との約束を破ってしまったのか」ということです。
『失楽園』では、神や天使、それに敵対する悪魔などの観念の世界の生き物の登場や、ミルトン独自の聖書解釈によって、普遍的な人間の物語がドラマチックに演出されています。
アダムとイヴからすれば、主である神との約束は絶対に守るべきものでした。しかし、神との約束よりも大切なことが二人の中に生まれたことで結果的に約束を破ってしまいます。イヴの場合、蛇からの誘惑に負けてしまったことが約束を破った原因ですが、蛇の誘惑は「知恵の木の実を食べれば神や天使にもなることができる」というものでした。イヴは神や天使になりたいと思う気持ちが強くなるあまり、約束を蔑ろにしてしまったのです。アダムとイヴは人間の、誘惑に弱く高慢になりやすいという性質を的確に表しており、現在の私達にも通ずるものがあると言えます。私たちは、人間の本質を捉えたこの物語を単なるフィクションと軽く見ることは決してできないでしょう。