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Prologue


12月22日(日)の中央大学音楽研究会混声合唱団 第九演奏会に先立ちまして、演奏会にお越しいただく皆様のために今回もWeb特設ページを開設いたしました。
今回のテーマは、《各楽章における音楽的見どころ》です。 全4楽章からなる交響曲第9番に用いたベートーヴェンの音楽的工夫とは一体どのようなものだったのか。楽しんでご覧いただけたら幸いです。


<各楽章へのリンク>



第1楽章 Allegro ma non troppo e un poco maestoso


交響曲第9番でのベートーヴェンらしさは、その第1楽章の序奏から既に伺えます。 満を持して迎えた冒頭の音色には、厳かに、何かが始まろうとしている予感を聴き手に抱かせる響きがあります。 当日の演奏でもよく注目して聴いてみてください。

実は、この序奏には曲の性格を決定づける調が存在しません。
【譜例1】の弦スコアをご覧いただくと分かるように、弦楽器に限ってはE音とA音(ラとミ)のみで序奏が構成されています。 「空虚5度」という完全5度のみの和音(この場合だとE音とA音のみ)で成り立っており、長調か短調か、曲を性格づける第3音が現れません。 つまり、「ド・ミ・ソ」でいうところの「ミ」という中間の音がないために、明るい曲なのか暗い曲なのか、この時点でははっきりしないということです。

【譜例1】 第1楽章冒頭 弦楽器パート

どこかスッキリしない不明瞭な音色の繰り返しは紛れもなくベートーヴェンの意図的な作曲技法によるもので、 明るく快活な響きが形式美として成り立っていた従来の古典派音楽にはまず存在し得なかったものでした。
曲の冒頭から周りを驚かせる工夫を最大限に凝らしているあたり、まさにベートーヴェンらしいといえるのではないでしょうか。

そうしているうちに、今度は管楽器のクラリネット、オーボエ、フルート、ファゴットの音色が順々にこの不可思議な演奏に合流し、 この先にどんな展開が待ち構えているのか想像もつかせないまま、音のスケールだけが緊張感と共に膨らんでいきます。
オーケストラの音色が合流を果たし、緊張感が限界まで高まった17小節目、欠けていた第3音がコントラバスによってついに鳴らされ、 ニ短調の主題が炸裂したようにババーンと浮かび上がります。 ここでようやく、この交響曲が短調であるのを聴き手は理解することになります。

この主題の劇的な登場を皮切りに、第1楽章は壮大な響きのうちに展開していきます。



第2楽章 Molto vivace


この楽章は冒頭のフガートが特徴的です。実際にこの楽章のスコアを見てみましょう。

【譜例2】 第2楽章冒頭 弦楽器パート

【譜例2】を見ると、それぞれ4小節ごとに主題が登場しているのが分かります。ベートーヴェンは、ここにさらなる工夫を加えています。

主題が出てくるパートの順番に注目してください。第2ヴァイオリン(赤)→ヴィオラ(青)→チェロ(紫)→第1ヴァイオリン(緑)→コントラバス(黄)の順番になっています。 このような順番に作曲された理由は、オーケストラの配置にありました。

ベートーヴェンが交響曲第9番を作曲した当時、オーケストラの配置は図のような古典編成(両翼配置)でした。

図:古典編成(両翼配置)

古典派の時代で主旋律を務めていたのは第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンであることが多かったため、これらは聴衆に聞こえやすい舞台手前側に配置されました。 そしてそれより後ろは、音の小さい楽器から大きい楽器といった具合に配置されています。

この古典編成を念頭に【譜例2】を見てみると、舞台の上手側から下手側へと順番にフガートが進行していくことが分かるでしょう。 ベートーヴェンは実際の演奏でそのように音が聞こえてくるよう、空間的な効果にも工夫して作曲していたのでした。



第3楽章 Adagio molto e cantabile


このスコアをご覧ください。左側にあるCor.B(赤)はB管のホルンのことで、これは第1奏者と第2奏者が演奏します。 また、Cor.Es(青)はEs管のホルンで、第3奏者と第4奏者が演奏します。

【譜例3】 第3楽章81小節目〜 ホルンパート

ここで注目していただきたいのは、ソロを演奏する奏者です。そのパートの第1奏者が演奏するのがソロの通例ですが、ここでは第4奏者が演奏するように指示されています。
それには、当時のホルンの楽器上の特性が関係していました。

古典派の時代までのホルンは「ナチュラルホルン」といい、管をただ巻いただけの簡単なものでした。 音の高さを変えるバルブが付いていないため、唇の調節が基本的にその役割を担っていたのです。
今回のソロのようにフラットのつく音符は、右手をベルの奥深くに挿入してふさぐことによって音高を変える「ストップ奏法」でないと出すことが出来ませんでした。 そしてこのストップ奏法は「下吹き」と言われる、低音域を得意とした第2・第4奏者の方が長けており、かつEs管が最もうまく吹ける管長をもつ替管で、 これらの条件を満たす奏者はこの楽章では第4奏者だったのです。

現在ではホルンも改良され自由に音が出せるようになりましたから、第1奏者であっても第4奏者であっても楽器上の違いはありませんが……なぜベートーヴェンは、このような特殊な技術を必要とするホルンをソロ楽器に抜擢したのでしょうか。
実は、彼はボンで暮らしていたころ、宮廷オーケストラのホルン奏者ニコラウス・ジムロックよりホルンの演奏を学んでいました。そのため、彼がその扱いに長けていたことや、ホルンという楽器が彼の中で特別な位置づけにあったことは想像に難くありません。実際、ベートーヴェンは管楽器の中で唯一、ホルンを使用してソナタを作曲しています。
あたたかみのあるホルンの音が奏でる、溜息の出るようなこの美しい旋律は絶品です。



第4楽章 Presto


交響曲に初めて合唱を導入し、「合唱付き」とも言われる交響曲第9番ですが、この楽章の魅力を伝えるために、今回は655小節から登場する「二重フーガ」について扱っていきます。
フーガはいくつもの声部が1つの主題を順番に登場させる楽曲形式ですが、二重フーガはさらにもう1つ主題を追加し、2つの主題を同時に奏でます。 具体的にこの部分のスコアを見てみましょう。

譜例4:第4楽章655小節目〜「二重フーガ」

まずはソプラノとアルト(赤)をご覧ください。ソプラノが第1主題、アルトが第2主題を担い、2つの主題が同時に進行しています。 そして次にテノールとバス(青)に目を向けると、同じように2つの主題が登場していることが分かります。 この先も、2つの主題が順にパートを変えて現れ、二重のフーガが進行していくのです。

そしてこの部分の歌詞を見てみると、第1主題は《歓喜よ、美しい神々の火花よ、楽園から来た乙女よ》と天の国にいる神を称え、 第2主題は《抱きしめられなさい、幾万の人々よ》と人間愛を歌っています。 二重フーガでその2つの言葉を重ね合わせることで、この世界と神の住む世界の融合がなされていると考えられるでしょう。



Epilogue


いかがでしたでしょうか。このページでお話しした魅力を実際に演奏会で感じていただければ幸いです。 もちろん第九にはまだまだ伝えきれない魅力がたくさんあります。そんな第九の魅力を少しでも多く皆さんに届けられるように、残りの短い時間も精一杯努力してまいります。 皆様のご来場を出演者一同心よりお待ちしております。